なんと山田パンダさんが、地元・佐世保市で講演会!
───ということを、あろうことか当日前夜に知りまして(笑)、行ってきました、佐世保市民会館!
山田パンダ日和 : いのちを見つめる講演会佐世保市教育委員会主催・いのちを見つめる講演会
「地域の風通し〜山田パンダの社会ウォッチング〜」
6月は「いのちを見つめる強調月間」です。佐世保市民会館では、1970年代にも、かぐや姫としてステージを行ったはず。
ジーンズに、白いジャケットといういでたちで颯爽と登場したパンダさん。約1時間半、熟練の話術で、終始なごやかな雰囲気。ご当地ネタや、自身の経験談なども交えながら、楽しいと同時に、いろいろと考えさせる公演でした。
あの事件から、5年が経ちました。
- 子供たちの目線で、子供たちの話を聞いてあげましょう。
- 子供たちが希望を持てるよう、大人は自分たちの得意分野をアピールしましょう。
パンダさんは2日前から佐世保入りして、地元の絶景ポイントである
弓張岳や
展海峰を訪れたご様子。(当初の週間予報では、今週後半はずっと雨の予報だったにもかかわらず)幸運にも梅雨の晴れ間が重なって、佐世保のいい景色を満喫できたみたいでなによりです。
パンダさん、また来てね。次回はぜひ、コンサートもお願いします!

デビュー40周年だそうで!
そんな山本潤子さんの、赤い鳥、ハイ・ファイ・セット作品を含む、2枚組・36曲入りベストCDが、7月15日発売予定です。
正やんが作曲し、伊勢正三&山本潤子名義でリリースされた名曲「青い夏」も収録。
山本潤子ブログ新川 博 ブログ : 貴重写真 ←20代の潤子さん
アリス、33年ぶりにフォークの聖地“神田共立講堂”でライブ 日本を代表するフォークグループ、アリスが7月20日、70年代に“フォークの聖地”と呼ばれた東京・神田共立講堂で、約33年ぶりとなる一夜限りのライブを行うことが14日、分かった。外部への貸し出しを中止していた同講堂を2年越しで口説き落とした。「思い出の地でもう1度ライブをやりたい」との願いが通じた谷村新司(60)堀内孝雄(59)矢沢透(60)の3人は「やっぱりここしかない!」と声をそろえた。
アリス33年ぶり神田共立講堂で一夜ライブ - 日刊スポーツ芸能ニュース - 映画・音楽・芸能 聖地ではアリスのほか、吉田拓郎、井上陽水、甲斐バンドら、そうそうたる面々がステージに立ち、かぐや姫、グレープ、ガロが解散コンサートを行った。3人は「誰のファンとか関係なく、この客席で青春を過ごした人はものすごくいると思う。そこにいるだけで、そのころの自分を思い出すだろうし、お客さんだけじゃなく、ホールにも『ありがとう』を言いたい」と話す。収益の一部をチャリティーとして寄付しホールへの感謝の気持ちを形にする。
1976年12月22日以降、コンサート・ホールとしての使用が封印されてしまっていた神田共立講堂で、今年の7月、アリスの3人がコンサートを行うそうです。2年越しで実現とは、すごい熱意!

ここは34年前、かぐや姫が解散コンサートを行った、思い出の地。かぐや姫も、もう一度この場所で、やってくれないかなぁ〜?

当ホームページでもおなじみの、コレクター・川端さんが、「
かぐや姫ホームページの川端さん」として、
FMぐんま(
周波数一覧)のラジオ番組に出演します!
あさnavi 月〜金 7:30〜8:55
川端さんの出演は、
5月19日(火) 8:10〜8:15の5分間。
電波の入らない地域の方は、ラジオと同じ放送が聞ける
テレホンサービスがあるそうです。
027-224-0863(10回線まで)。電話から、
リアルタイムで放送が流れるとのことなので、ぜひ明日の8時10分から、聞いてみてください!
5/16土曜日|音処きしん 【一期一音】夜毎集う音楽家(川端さんのコレクション紹介)
FMぐんまさん、これを機会に、かぐや姫の番組とか、いかがでしょ?
【追記】
FMぐんまのスタジオを訪れた川端さんと、膨大なかぐや姫コレクションの一部が、「
見える!あさnavi」コーナーに掲載されてます!
「
伊勢正三スペシャルライブ in 津久見〜ただいま〜」は、5月19日。このふるさと凱旋コンサートは、正やんのかつての同級生や、地元の人たちによって支えられているというニュース。
伊勢正三ライブ目前 同級生が支援【大分のニュース】- 大分合同新聞 津久見市出身のミュージシャン、伊勢正三の初ふるさと公演(十九日夜)が間近の十五日、同級生らによる最終の打ち合わせ会が市民会館で開かれた。
「
伊勢正三、「なごり雪」のふるさとへ!」にも登場した、川村楽器店の川村さんのコメントも。
市内中央町の川村楽器店は伊勢正三が中学時代に通った店。店主の川村美津子さん(73)は「ギターの弦をしょっちゅう買いに来てくれる子がいて、誰だろうと話題になっていた。よく練習していたのでしょう。レコードを出したときに、お母さんがLPレコード一箱(三十枚入り)を買っていって、びっくりしたのを覚えています」と振り返る。会場に花を届けようとも思ったが、花束が集まりすぎても迷惑だろうからと断念した。静かに“帰省”を迎えるつもりという。
正やんママ、アルバム箱買い!
お母様のためにも、素晴らしいコンサートにしてくださいね!
ロックスター忌野清志郎さんがんで死去パンダさんのリードボーカルで『はじめまして』に収録された「
あの唄が想い出せない」(作詞:忌野清志郎/作曲:武田清一)を、かぐや姫に提供したのが忌野清志郎さんでした。
山田パンダさんの記憶によると、かぐや姫がファーストアルバムを制作すると聞きつけた清志郎さんが、青い森(渋谷・宮益坂の音楽喫茶)の楽屋で「
僕が作った歌を、ぜひ歌って頂きたい!」と売り込んできたそうな。
この曲は、『はじめまして』のリリース後、RCサクセション自身によってセルフカバーされています(右の画像のリンク先で試聴可能)。
告別式は、5月9日(土)13時から東京都青山葬儀所にて行われ、当日は一般のファンの弔問も受け付けるとのこと。我等のロックスターよ、永遠に!
市のイメージソング「風の贈り物」を土浦の駅メロに 茨城 - MSN産経ニュース 茨城県土浦市が、市内にあるJR3駅(土浦、神立、荒川沖)の発車メロディーについて、平成2年から採用している市のイメージソング「風の贈り物」(作曲・南こうせつ、作詞・藤代京子)に変更するようJR側と交渉している。今年度予算に曲のアレンジ料や放送設備の設置費用として約200万円を計上し、今夏ごろの実現を目指している。市のイメージアップや観光PRにつなげたい考えだ。
またまた列車関連ネタ。
今年の夏、土浦市内のJR駅で、こうせつさんが作曲した「風の贈り物」が聞けることになりそうです。もちろん歌入りじゃなくて、メロディだけでしょうけど、お近くの方はぜひ!
//土浦イメージソング「風の贈り物」// 土浦市公式ホームページ (音源あり)
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先月、惜しまれつつ運行を終了した、九州のブルートレイン。
偶然にも新聞の記事で、かぐや姫の南こうせつさんと伊勢正三さんの二人がそれぞれに、ブルートレインにまつわる思い出を語っていたので、紹介します。
さらばブルトレ1回:僕の夢を乗せ運んでくれた 南こうせつさん - 毎日jp(毎日新聞) (Googleキャッシュ)
まだ風が冷たかった3月の大分駅。コートをまといバッグ一つを持って、当時は西鹿児島(現鹿児島中央)発だった「富士」を待った。午後3時過ぎに出て約19時間の旅。同級生がホームまで見送りに来てくれたが、寂しさより、故郷のしがらみを抜け出して「希望の地」に行ける高揚感でいっぱいだった。
当時、大分から東京に行くのは「今、東京からニューヨークへ行くより遠く感じた」。ビーチボーイズやビートルズ、サイモン&ガーファンクル……ラジオで聴く最先端の音楽は、すべて東京の局からの発信だった。
「僕にとって東京は光り輝くパラダイスで、あこがれの地。そこにはきっと何か新しいものがあり、自分の夢と出会えるはず、と信じた」
☆輝きを忘れない ブルトレ引退(5) シンガー・ソングライター 伊勢正三さん(57) 大分県津久見市出身 /「さらば九州ブルトレ」/ 西日本新聞 大分県津久見市で生まれ育った。大学受験で上京、初めて乗った「富士」のB寝台車。
「鉄道には、絶対に後戻りしない、できないってイメージがあるんだよね。飛行機も車も、Uターンしようと思えばいつでもできそうなんだけど、線路の上を走る列車は、ひたすら目的地を目指すしかない」
鉄路の向こうの東京で、大分舞鶴高校コーラス部の先輩、南こうせつさんに誘われ、ミュージシャンとなった。4作目のアルバムづくりで2曲任された。苦吟する中、突然、サビの1節が降ってわいてきた。
今春が来て/君はきれいになった/去年よりずっときれいになった
曲想をふくらませながら思い描いていたのは、なぜか津久見の駅だった。
二人とも、
寝台特急「富士」に乗って、大分から東京へ向かったんですね。「なごり雪」のインスピレーションを与えたその列車が、春の訪れとともに姿を消しました。ブルートレインよ、永遠に。
【追記】大分のブルートレインに、もうひとり、“かぐや姫”が……!
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1. あかり灯して (作詞:伊勢正三/作曲:伊勢正三)
2. 青い港 (作詞:喜多条忠/作曲:伊勢正三)
試聴メインの「あかり灯して」は正やん作詞作曲、そしてカップリング曲「青い港」は喜多条忠さんとの共作(←このコンビは、初期の風以来になりますか?)ってことで、かなり気合い入ってます。
Staff blog : 「前川清×伊勢正三」正やんブログ2007年4月の記事に、フィッシング中の正やんの携帯に、前川清さんから突然の電話のエピソード。実はこの時の電話が、「イセヤン、俺に曲書いてよ〜」って内容だったのかなーなんて。