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名曲「神田川」の真実

神田川4月11日(火)の報道ステーションは、「シリーズ・団塊の世代に捧ぐ(2) 名曲「神田川」の真実&“あの時代”」と題した特集。正味15分。

福生市民会館のコンサート(3月4日)の模様や、つま恋、横浜スタジアムのライブ映像、そして喜多條忠さん・南こうせつさんのインタビューなどを交えながら、「神田川」にまつわるエピソードを紹介。第一次かぐや姫の映像や、この曲の舞台となった“安兵衛湯”の写真なんかもチラッと流れました。

  • 若手放送作家だった喜多條に、こうせつから歌詞の依頼。「〆切はいつ?」「いや、今日なんですけどね!」
  • 自宅へ向かうタクシーの信号待ちで目にした神田川の標識に、喜多條の記憶が蘇り、学生時代のほろ苦い思い出を書こうと決意。
  • 1年ちょっとの同棲生活の中で、彼女の優しさや、平凡な暮らしの中に埋もれていく自分が「怖かった」と綴り、歌詞が完成。
  • 依頼から半日後、喜多條からこうせつに電話。電話口で歌詞を書きとめながら、こうせつの口を突いてメロディが出てきた。「神田川」誕生の瞬間。
  • こうせつが担当していた深夜放送(パックイン・ミュージック)で、アルバムの1曲だった「神田川」をオンエアすると、大量のリクエストハガキが舞い込んだ。この反響を受け、レコード会社はシングルカットを決断。

生き証人として、角雅彦氏(当時の文化放送ディレクター)と、佐藤継生氏(当時のレコード会社担当ディレクター)がコメント。

時代を反映した作品「神田川」は、オリコン6週連続1位、160万枚の大ヒットとなり、映画化も果たす。かぐや姫は一躍トップグループに。しかし、そのヒット曲がかぐや姫の運命を変えることに……。
――自分たちの知らないところで「神田川」が映画になった。次の歌(赤ちょうちん)も、作品が上がってないのに映画になって、その次(妹)も映画になって…いろんな思惑がそこに入ってきて、自分たちの意思ではどうにもならない方向へ動いていった。(南こうせつ)

大ヒットの2年後、かぐや姫は解散。その後約20年間、こうせつは(ソロ活動で)「神田川」を歌うことを封印した。しかし40歳の頃、番組の視聴者からの“「神田川」に助けられた”というハガキがきっかけで、多くの人が大切にしてくれていると知り、「神田川」を一生歌い続けていこうと決意した。

北朝鮮で夜中に「神田川」を歌ったという、拉致被害者・蓮池夫妻のエピソードも登場。「人の心にある“不安”というお化け屋敷が、名作を生むんですね」と古舘さん。今も団塊の世代の胸に残る名曲「神田川」。その光と影をバランスよく描いた、いい意味で報道番組らしい、大変よくまとまった特集だったと思います。私自身は、今でも「くたばれ神田川」(南こうせつ「愛の塩焼き」を参照)なんですけどね!

報道STATION -特集-

南こうせつとかぐや姫「神田川」について (神田川のページ)

PS Yさん、問い合わせに応えられなくてごめんなさーい!
[ 2006/04/11 23:30 ] 南こうせつ | TB(0) | CM(2)

神田川20年封印とありましたが、実際は6~7年後の、「時は流れて風が吹く」のツアーで、生ギター一本で神田川を唄ってましたね。
[ 2006/04/15 00:55 ] [ 編集 ]

鋭いご指摘!

ありがとー。ソロツアーのセット曲は全く把握してないんですが、まぁそれ以前にも「神田川」の演奏を望む声は多かったでしょうしね。おいちゃんも、記憶が定かじゃなかったのかも(^_^;)。
[ 2006/04/15 17:23 ] [ 編集 ]

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